動物業界をけん引する経営者

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森部:国際動物専門学校のトリミングの授業では、ショードッグよりも家庭犬のトリミングがメインでした。一般のご家庭の犬をお借りして、授業でカットさせていただいていたので、お客さまの望むスタイルにトリミングしていました。私の考え方としては、トリマーさんは得意不得意があってもいいと思っています。得意分野をどうやって就職先で伸ばしていくかと考え、苦手なことは得意なサロンさんに紹介していくのも手段だと思っています。

下薗:おもしろい考え方ですね。

森部:ほかのお店の真似ばかりして、トリマーに対して高い給料を払うことができないサロンが多いです。私のサロンでは、1人当たりの人件費をトリミングサロン平均値よりも高く設定しています。

下薗:しっかりとされていますよね、待遇がよい印象です。

森部:他との差は、どのように独自性をつけるかにかかっています。

下薗:具体的にはどのようにしているのでしょうか。

森部:ほかのサロンがやっていることを、いかにやらないかです。

下薗:ここからは企業秘密かもしれませんが、1つだけ独自性について教えていただけますか。

森部:利益を追求しない、お金を見ない、ということです。はじめのころは売り上げに目が行っていましたが、今はそれをやめました。

下薗:お客さまの満足されることをまず追求していこうということでしょうか。

森部:そうですね。お客さまの満足です。私は経営者なので、スタッフが楽しめる職場にしたいとも思っています。

下薗:どのようなかたちでしょうか。

森部:自分に余裕がない人は、相手に幸せを与えられません。そんなスタッフだと、犬に対しても余裕のなさが伝わってしまいます。それを改善するには、私生活が大事ではないかと考えています。

下薗:心が豊かになるような生活ですね。

森部:そうですね。だからトリマーの給料だったり、待遇を常に上げています。

下薗:いい循環ですよね。

森部:はじめからはできませんでした。ここまで来るのに6年ほどはかかっています。

下薗:その中で、壁もあったり、歯を食いしばる経験もされてきたのかと想像します。

森部:壁と思ったことはありませんでしたが、大変なこともありましたね。

下薗:根本さんも同じく経営をしながらご自身でもトリミングをしていらっしゃいますが、ここまで進んできた秘訣はありますか。

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根本:開店して11年になりますが、自分のことで精いっぱいになってしまうことがありました。それがスタッフにも伝わって、自分自身の「伸びしろ」を感じることができなくなるということがありました。でも、自分がやれば、やった分だけ結果が出ることもわかっていたので、がんばれたという過去があります。

下薗:自分がやれば、手ごたえを感じられますよね。

根本:お客さまがリピートして来店してくださるのも、とてもうれしいことです。犬がしっぽを振りながらお店に入ってきてくれる姿を見ると、お金ではない喜びがあります。

下薗:わかります。シモゾノ学園でも、犬が喜んでサロンに入ってきてくれるような、そんなお店作りができるスタッフを育成したいと思っています。秘訣はありますか。

根本:あまり必死にならないということです。無言でもくもくと犬にふれると、犬が緊張します。トリミング中であっても、スタッフ同士がコミュニケーションを取ることができること、雑談でいいんです。そうすると、自然と犬に話すかけることができます。もくもくとトリミングをすると、「次に何をされるんだろう…」と犬がドキドキしてしまいます。スタッフが和んでいる雰囲気という者は犬にも伝わり、笑顔を向けられると犬だって安心するはずです。

森部:学校の教員がそうでなければ、学生はそこから学んでしまいますよね。だから教員がどれだけ笑顔か、雑談をしてくれるか、犬に話しかけているかで学生は方向づけられてきますよね。

下薗:その通りだと思います。中島先生からアドバイスをいただいていますが、最初の指導がそこでした。犬にいかに負担をかけずにトリミング、グルーミングができるかの追求です。そのため学園のトリミング実習は、「犬とたくさんお話しましょう」を1つの目標としています。ただ、学生同士が楽しい時間を持ちながらトリミングをすることが、犬にも伝わるという点が少し足りませんでした。トリマー自身が幸せであること、については本日学ばせていただきました。

中島:トリミング風景をガラスの向こうから見ているお客さまから、「歌ってたね」と言われることがありました。いつも歌いながらトリミングをしていたので、「楽しそう、歌っている曲がわかる」と言われていました。

下薗:そうでしたか。学園も、そのような雰囲気を作っていきたいと思っています。確かに卒業試験やトリミングコンテストはとても緊張します。それは真剣な勝負のときでもありますが、私はそれは苦痛ではないかとも思っています。あの場で音楽が流れ、体を動かしながらカットができる状況をつくっていきたいなと思っています。以前、アメリカのテキサス州ダラスで開催されたトリミングコンテストを見学した際、バンドが生演奏をしている風景を見ました。そのときの感動が忘れられず、少しずつあの雰囲気を取り入れて実践できるように、第一歩として「犬とお話をしながらトリミングをする」ことに現在取り組んでいます。数年前のトリミング実習と、だいぶ変化を取り入れたつもりですが、いかがでしょうか。

中島:一番の結果は、学生さんがどのように変わってきたかですね。教員の伝え方や学生さんの犬の扱い方は、目指すところに近づいてきているかと感じます。

下薗:ありがとうございます。以前から中島先生には、トリマーの職能団体を作ってはどうかとお話をしています。トリマーがいかに豊かになっていくか、幸せになっていくかということを考えるトリマー協会が理想です。

根本:トリマーの協会、うらやましいですね。モチベーションの1つになりそうです。今はむずかしいと思われている、20歳代前半で独立して、家庭を築き子どもをもったり、犬や猫を家族にしていくことを、トリマーでも30歳代前半で可能だということを一般に伝えたいです。「トリマーは稼げない」と思っている方も多いのが現状です。

下薗:そのようなレッテルを貼られてしまっても困りますね。

森部:ただ、稼ぐことができるのは一部のオーナートリマーですよね。すべてのトリマーさんが…となると、またちがってきますから、根本さんの社員さんがそれを達成できたら本当にすばらしいことです。

根本:だから社員にそこまでになってもらいたいのです。

下薗:オーナーがたくさん増えすぎても、バランスが崩れてしまいますよね。

森部:そんな中で、トリマーの協会を作ることは価値がありますが、まずは日本ペットサロン協会で、サロンがどのように発展していくか、所属する社員さんたちを幸せにできるかを課題にしていきたいです。たとえば、学校のトリマー教員たちが自分の犬を飼育しているかどうかも、学生を育成する立場では重要です。実家の犬ではなく、自分自身の犬です。そうでなければ、犬の扱いは難しいと考えています。教員が犬の扱いのプロでなければ、学生も扱うことはできません。トリマーでも、自分の犬を飼育していない人がとても多いです。環境のせいにして甘えてしまうようです。飼育していない人は、結局のところ犬の扱いに関しては素人と感じます。

中島:犬を連れて出勤もありますよね。

森部:それができるのが、動物業界の特長です。本来であれば12時間くらい家にお留守番をさせていますが、私たちは大好きな愛犬を連れて仕事ができます。日本ペットサロン協会が、これから保護犬に積極的にかかわっていきます。これから保護犬の一時預かりのボランティアも行います。

中島:心配をいただくこともありました。病気や治療費に関することがすべて協会が負担することになる、と。会員のサロンも、そこまで大きく出資できるわけでもありません。ただ、支援してくださる団体と連携をとることができるようになり、始動となりました。

下薗:大きな一歩ですね。

中島:はい。現在、見本店として活動を行っています。これを成功例として多くの方々に広めていくのです。

森部:皆さんの協力がないとできないことです。スタッフも含めての関わりが大切です。私のサロンでは、大型犬も預かることができます。そのような犬を積極的に預かっていくことができればと思っています。

下薗:保護犬たちが幸せに、第二の「犬生」を歩んでいけるといいですね。そもそもは、保護犬という存在自体がなくなることが理想ではありますが。

IAC