日本の社会の成長に向けて

1

下薗:盲導犬の刺傷事件でも、盲導犬を取り巻く方々と日本社会の認知に差異があったことが問題として取り上げられていましたが、日本の社会自体が、働く犬たちへの理解を深めていかなければいけないという課題がありますよね。

有馬:はい。イギリスに、労働大臣をされたとても有名な方がいます。その方は盲導犬のユーザーさんでもありました。そして彼の盲導犬は、国会が終わった途端、議事堂を出たところにある噴水に飛び込むんだそうです。それをまわりの皆さんが許容してくださっていたそうです。「あんなに国会中はがんばって静かにしていたんだから、いいよね」と。

下薗:いい社会ですね。

有馬:日本でそんなことをしたら、「盲導犬、噴水に飛び込む!」なんて記事になってしまいますよね。国民性だと思います。日本の補助犬育成団体は、社会の目が厳しいからどうしても仕方なく厳しくなってしまうのですが、もう少し社会が寛容で、「がんばっている」犬たちでも、「犬は犬なのだ」からと社会が許容してくれるといいなと思います。

下薗:服従させているという認識があるのかもしれませんね。昔はどんな犬も服従させていた時代があったので、その延長のように感じられているのかなとも思います。社会がもう少し使役犬たちの犬としての部分に目を向けてほしいですね。

有馬:そうですね。イギリスのクラフトショーでは、必ず盲導犬、聴導犬、介助犬が招待されます。ときには優秀なブリーダーさんが犬を提供してくださることも。一方、日本の愛犬家の方々には、「盲導犬はイヤ」ととらえる方々もいます。「かわいそう」と。でも、愛犬家が味方でなければ、働く犬を育てる私たちは存続できないのです。なので、日本聴導犬協会では、「特別な犬でも、ものすごく頭がよく優れている犬というわけではなく、ちょっとだけ頭がいい、ちょっとだけそういうお仕事を好きな、マナーの良いペット犬と変わらない犬ですよ」といつも説明しています。だって犬ですから。補助犬のために生まれてきたわけではないのですから。

下薗:いつも入学式でデモンストレーションをしてくださると、本当に犬たちが楽しそうと感じます。ベルを鳴らすと喜んでユーザーさんのところへ走ってきてくれて。目覚ましの音にも、喜んで起こしにきてくれて。ほほえましいですよね。

有馬:笑顔って大切ですよね。

下薗:犬は人の笑顔が大好きですから、とてもいいサイクルになっていますよね。社会の目も、その部分に着目していってほしいですね。

有馬:日本人はエリートが好きで、完璧を求めます。イギリス人は、ユーモアがある少し崩れた方が好きです。コメディアンが高い地位を得るように。日本と少しちがうんです。私はイギリス流を目指しています。

下薗:日本全体も、そちらを目指したいですね。

有馬:私たちの施設を見学された方の中には、「さぞや厳しい訓練をしているのではないだろうか」というイメージをお持ちで訪れた方もいらっしゃいました。ところが見学後には「まったく逆でした!」という感想をいただき、「あ~、よかった」と胸をなでおろしたこともあります。

下薗:それはほっとしましたね。

有馬:私は、「犬はできる」と信じています。本当に頭がよく、人間の感情をよく理解する動物ですから、厳しくなくてもできると思っています。褒めて頼っていけば、本当に頼りになる存在になっていくことを多くの方々に気づいていただきたいですね。

下薗:犬は人の感情を読み取りますからね。そして人に従順という気質があるので、いつも考えているのではないかなと思います。 これからの日本の社会で、使役犬がもっともっと受け入れられるようになるために、なにかアイディアはございますか?

有馬:ゴールは「HAPPY」。たとえば、事故にあって命が助かった方がいたとして、目が覚めたときに医者が「命が助かった、よかった幸せだね」と言っても、本人が幸せと思えなければ、命が助かったことが幸せではない場合もあるはずです。個々人の幸せはちがうので、私どものゴールは、聴導犬や介助犬を通じた身体障がい者の方々のHAPPYです。その方々がHAPPYでなければ、自立しても社会参加してもHAPPYではなく意味がないこと。HAPPYだけは覆さない、揺るぎのないものであるために、育成頭数をやみくもに増やしてユーザーさんがHAPPYでなくなることだけはしたくありません。後進の育成にももちろん力を入れていかなければなりません。心のある方でなければなりません。犬が好きというだけでなく、さまざまな環境下の障がい者の方々の状況や心情に理解を示していける、心のある方であってほしいです。

下薗:有馬先生の目指すHAPPYのために、その方の目線に立っていかなければなりませんよね。それでは最後に学生やこの業界を目指す方々へのメッセージをお願いいたします。

有馬:2002年10月に「身体障害者補助犬法」が施行されたときに、とてもいい法律ではあるけれども、それ以前に障がい者の方の差別撤廃法がない日本の社会がおかしいと思っていました。そこで私は、厚生労働省や議員さんへ訴えに行っていました。「もっと大きな目で、障がい者の方に対する差別撤廃法があって補助犬法はその中に組み込まれればよいことだ」と。そんなことにストレスを感じているときに、IADDP(国際補助犬パートナー会)会長のエド・エイムズ氏が、「キミはなんてエキサイティングな生活をしているんだ」と言ってきました。ボロボロの状態の私に、「キミはなんてすばらしい時を過ごしているんだ。ぼくはうらやましいよ。これは、キミが大きく変わるときなんだ!」とおっしゃったのです。「大変」とは大きく変わることなのだと、しみじみと思いました。そこから今に至っています。痛みを伴っても必ず、後から振り返るとものすごく役に立っていることになるはずです。大きく変わらなければ成長はないのです。「大変」な時期を大切にしてほしいです。

下薗:学生たちが力強く進むきっかけになってほしいですね。

有馬:御校のみなさん、真面目ですよね。

下薗:学生たちは本当に真面目で素直です。やりぬくぞ!というガッツを持って進んでいってほしいですね。

有馬:なにか打ち込むことがある学生さんは幸せだと思いますよ。

下薗:同感です。ありがとうございます。

最後に

最後に
日本ではまだ認知度の低い聴導犬を始め、障がい者の方々を助ける補助犬について、様々なお話を伺うことができました。有馬さんの仰るように、日本でも働く犬を当たり前に受け入れられ、共存できる社会を築けるよう、我々教育者が率先して変革を行っていきたいと強く思います。
IAC