動物が快適に暮らせる環境作り

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下薗:その考え方で、土居先生は上野動物園の園長先生になられ、動物園で働くスタッフの方々をマネジメントされていますよね。
 その中でのご苦労話やうれしい話、成功事例などあれば教えてください。

土居:スタッフたちはみんな熱意のある人ばかりなので、困ることはありません。
ただし、「動物屋さん」は動物のこと、「植物屋さん」は植物のことに特化して考えてしまう傾向がありますね。
 なんで分けてしまうんだろう?と思いませんか?

下薗:「生物」という単位で考えたいということですよね?

土居:本来であれば、そのように考えなくてはいけないと思います。

下薗:動物園の中では動物が中心でしょうけれども、もちろん植物もたくさんありますから、バランス調整が必要なのでしょうか。

土居:環境として植物を植えてはいますが、特にバランス調整が必要というわけではありません。
例えば、動物園で動物を人工的な環境で動物を飼育していますが、自然の状態そのままをも持ってくれば飼育ができるという問題ではありません。どちらかというと考え方は逆です。動物が生息している環境に合わせて作らなければなりません。人工的に作るのです。そうすることで初めて、動物が快適に暮らせる生活になります。単純に、人間がいいと思うような自然環境を切り取って持って来て、それを動物の展示に適用しても、それはダメだと私は思います。徹底的に動物の生態について知り、その生息環境を作る工夫をしていかなければならないと考えています。

下薗:そうすると、野生の動物環境と動物園の環境はまったくちがうということですよね。

土居:そのとおりです。ちがうものをベースにしなくてはなりません。都市環境の中に動物園を作るのですから、自然環境を切り取ってきたわけではなく、生態系は維持できないものです。動物園は、動物の糞も食べ物も、すべて外から供給して外へ出すというシステムです。これは都市のシステムと同じです。私たちの住む都市が小さくなったものというイメージです。人間のように、生活環境に慣れてしまっているわけではないので、動物たちは与えられた生活環境で生きていくことができるように、生活スタイルを転換しなくてはいけないでしょう。それはすなわち、動物福祉に則るということです。 フタユビナマケモノという種類のナマケモノのたとえ話をご紹介してもいいですか?

下薗:ぜひお願いします。

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土居:上野動物園でも飼育しているフタユビナマケモノは、樹上で生活をしているのでほとんど地面には降りてきません。だから「ナマケモノ」です。

下薗:なるほど、やはりナマケモノの名前の由来はソコですね。

土居:動きが遅くて、体温も自分で変化させることができない。排泄をするときにだけ、地面に降りてきます。
文献によると、フタユビナマケモノには特殊な蛾が寄生しています。クリプトセスコロエピという、学名しかついていない蛾です。野生下のナマケモノの体には、苔が生えているので、捕食者から身を隠しているのかもしれません。
ナマケモノが地上に降りて排泄をすると、その糞にメスの蛾が卵を産み、卵がかえると、その幼虫は巣のようなものを糞に作り、少しずつ糞を食べて成長します。そして大きくなると、また樹木の方へ飛んでいき、またナマケモノの体で成長するのです。

下薗:興味深いお話ですね。

土居:ポイントは2つです。
1つは、動物園はそのような環境を絶対に用意できないということです。野生の環境とはまったくちがう環境で生活をさせているからです。だからこそ、彼らにとってどのような環境がふさわしいのか、自然環境を深く考えて作らなければいけないのです。自然の生態そのものを再現するということは不可能ですから。

下薗:ごもっともです。

土居:2つ目は、このクリプトセスコロエピがとても賢いという点です。
生物は静穏競争が激しいため、餌となる動物の糞1つをめぐっても争いが起きるのです。
その中で、この蛾はナマケモノに特化しています。ナマケモノの体に生息し、糞にありつくという点では、かなり優位にいます。ただし、ナマケモノが絶命した場合には、この蛾をはじめとした食糞によってつながっている生物たちはすべて消えていくという摂理もあります。

下薗:そうですね、子孫を繁栄させるために得た生きる術ではありますが、ナマケモノが絶滅すると必然的に同じ運命をたどることは容易に想像できます。

土居:このような世界、事実があるということを知っている人は多くありません。
動物園で飼育されている動物たちは動物界の頂点にいる動物ばかり。頂点にいるからこそ、絶滅したら影響が大きいのですが、このような事実を知ってもらうための取り組みをしなければいけません。動物園の最も大切な役割ということは、このことを多くの方に知ってもらうことなのです。

IAC