専門家を育てるということ

松本壯志

下薗:私どもの学校もカリキュラムに行動学を取り入れており、これは基本的に身に付けるべき知識だと思っています。美容や看護の実習でも毎回わんちゃんと触れ合うものですから、正しい知識を持って触れあうことで、湧き出す愛情や興味でさらに仕事への意欲が増してくると思うのです。

森:うちの大学では新たなカリキュラム編成で、基礎の動物行動学に加えて、臨床科目の中に行動治療学を取り入れる予定です。かなり専門的な内容ですし、講義を受けてすぐに診断治療ができるようなものじゃないのですが、でも教育としては大事なことなんです。一度習っておけば、将来再び勉強し直したときに、「あ、これどっかで聞いたことがあるぞ」という風に思い出せる。特に行動学・行動治療学はケースバイケースで、教科書通りの症例なんてまずあり得ません。
それでも典型的な問題行動を基本パターンとして知っておくことは大事です。そこから知識を応用させて自ら治療法を考えだせるようになる。基礎があればゼロから始めることに比べればずっと楽なんですね。

松本壯志

下薗:本当にそのとおりですね。社会に出て、実務を通して初めて学習の大切さが分かりますね。

森:そうですね。あともう1つ重要なことは、飼い主さんの理解力や応諾性をどのぐらい見抜けるか。うちのスタッフは、飼い主さんと話をしていく中で、その人がどれ位の説明までなら、またどのように説明すれば理解してくれるかを、瞬時に見抜くトレーニングを積んでいます。
行動治療というのは飼い主さんが実践してくれないと何の意味もないのですが、そこが内科や外科の治療と一番違うところですので、それぞれの飼い主さんの性格を見抜いて、その人にあった指示を与えないといけない。そこが実は結構大変なんです。

下薗:大変ですよね。どのようなトレーニングをされるのですか。

森:トレーニングうんぬんの前に、まず向き不向きはありますね。やっぱり人の話をちゃんと聞けることが大切ですが、そういう人って案外少ない。カウンセリングやコンサルテーションの基本はまず聞き役に撤することなのに、人間というのは途中で何か言いたくなっちゃうんですね。つい否定的な意見や批判的な感想を口に出してしまえば、そこでもう相手は、「嫌だな」って思って終わっちゃう。とにかく全部聞き出して、共感・同意を示して、相手が今何を求めてるのか理解して、押し付けがましくないよう、そっと向こうから助けを求める手が差し出されてくるのを待つことが重要です。

下薗:そうですか。どこの就職先からもコミュニケーション能力の高さを求められるのですが、やはりそのような力が必要なのですね。

森:それをどう引き出していけるかですね。また、我々のところでは研究者を育てることも重視しているんですが、これがまたなかなか難しい。研究というのは趣味でやってる分にはいいんだけど、プロの研究者として生きていくためには、ある種、芸術家と同じような素養が必要です。その人にあったテーマなんて10人いれば10人みんな違うから、それぞれの個性をいい方向に伸ばすことが私たち研究指導者に与えられた使命なのでしょうが、なかなか難しい課題ですね。

下薗:そうすると今度は、学問的に定着しつつある行動学をどう教育につなげ、また研究を継承することや、人材養成にも焦点が置かれているのですね。

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