夢へのあくなき挑戦

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下薗:みなさんの将来の目標を語っていただけますか。

森部:日本一のトリマー、もしくは幸せな会社を作りたいと思っています。それに向かって活動しています。だから、他と比較して平均的なものを目指すのではなく、独自のものに挑戦したいです。
 たとえば現在、私のサロンで取り組んでいるのが社員の月10日休みの導入です。1日に扱う犬の頭数も制限しています。1日3頭までです。月20日出勤の中で、1か月60頭までという制限になります。ほかのサロンでは、あまり見られないかと思います。ただ、給料は通常のトリマーよりもはるかに高く、ほとんどの社員に20万円以上を毎月支給し、社会保険も完備しています。最低賃金はクリアする中で、1日3頭までと決めています。

下薗:それは1頭の客単価を上げているのでしょうか。

森部:いえ、それはしていません。トリミング料金は平均です。

下薗:そうすると、経営を効率化することがポイントでしょうか。

森部:そうですね。そこがさっきもお話したほかのサロンとの違いではないでしょうか。私も当初はオーナートリマーを4,5年やっていましたが、先輩であるサロンさんたちから学ばせてもらったことがあります。オーナートリマーのままだと、社員に対して支払う給料が低くなってしまうと考え、自分はトリマーから離れることでオーナー業に専念し、社員に支払う給料を上げていくという方法です。そこを変えることからスタートしました。オーナートリマーでも給料を高く支払うことのできるサロンもあるかと思いますが、私はそこを変えました。

下薗:そうでしたか。根本さんはオーナートリマーでいらっしゃいますが、今のお話はどのようにお考えでしょうか。

根本:私もサロンのスタッフには、給料を高く支払っています。将来の夢は、私のサロンを経てほかのサロンに履歴書を持って行ったときに、「シアンシアンで働いていたから安心だね」と評価していただけるサロンになることです。このサロンで働いていた人は、こんなによい、と。ほかのどこでも通用するスタッフのいるサロンにしていきたいです。

下薗:そのためにも、社員さんの満足度を高めていくことが必要ですね。

根本:はい。あとは気持ちの問題ではないでしょうか。技術ももちろんですが、お客さまへの配慮も大切です。社員同士、お互いに高め合ってそれが新しい社員にも自然と伝わっていくことが理想です。

下薗:そういったものを統括して、中島先生が会社を立ち上げてくださっていますよね。さまざまなセミナーも開催されています。将来の展望をお聞かせください。

中島:夢とは、大きく3つに分けられると考えています。1つは「稼ぎたい、経営したい」。もう1つは「旅行に行きたい」という趣味についての夢です。最後は「問題点に対して、こうしたい」というものです。私は最後の夢、現状の問題点に対して取り組んでいきたいと思っています。動物業界で30年やってきてわかったのは、縛られていては難しいということです。今の私はフリーという立場であり、だからこそ、その問題点を解決するために尽力したいと考えています。
 現在、ペットショップの競合化が進み、一般の方が犬を家に迎えたいと思ったときに、仔犬を扱っているペットショップがないということも問題になってくるかもしれません。そうすると、一般の方はどこに行けばいいかわからなくなり、面倒くさくなってしまい、犬を飼うのではなくロボットを買うという風に変わってしまうこともあり得ます。子どもが犬を飼育したいと言って探していた親も、手間を惜しみ、壊れても何とも思わないロボットを買い与えてしまうでしょう。
 犬や猫と共に成長することで得られる大切なことのひとつに、死生観があります。死に対することを目の前で体験することによって、優しさが育ちます。昔は、おじいちゃんおばあちゃんと両親と子ども、3世代が同居する家庭が多かったため、死に立ち会う場面も自然と経験しました。
 現代はこの構造が変化をしていますが、ペットと暮らすことによって、いずれ別れを経験するはずです。ペットが亡くなることはもちろんショックですが、そのおかげで優しさをはぐくむことにつながります。死を知ることによってペットとの結びつきを感じていきます。そういったことを伝えていくことが、動物業界では非常に大切だと私は考えています。最後まで責任を持って、犬に心地よい環境を整えるのも、トリマーの役目です。
日本の動物業界で、出会い方や別れ方を伝えていくプロを育成すること、それが私が今一番取り組みたいことです。

下薗:国の政策から変えていかなければならない点もある問題ですね。たしかに時代は機械化されてきていますよね。私も今後がわからないと思うことがあります。ただ、人に近い犬の存在が、これからも私たちとの関係性をどんどん変えていってくれればと思います。
 根本さんは、猫のグルーミングに力を入れていらっしゃるようですよね。日本人はどちらかというと、犬好きな方が多く、犬の忠誠心を好む日本人気質があったようですが、現在は猫の飼育頭数が増えているため、猫の性格や考え方に近い日本人気質が広がっていくのではないかという話を聞きました。猫は自由奔放であったり、人とあまり関わりを持たないけれど、よい存在感を出してその場にいることもあります。犬と猫との関わり方の変化と共に、日本人のタイプも変化をするのかもしれないと思ったりもしますが、猫に関するビジネスを展開する中で、変化を感じることはありますか。

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根本:そうですね。学校では猫よりも犬のトリミングをメインで勉強するため、猫を飼育したことがないと扱い方がわからない人が多いです。まずはそこから伝えていかなければと思っていました。
 私のサロンで猫のセミナーを行うと、猫の扱いが上手な方は、猫を飼育している方です。猫と犬はまったく違い、ブラッシングに対しても異なった反応をします。犬と同じようだと思ってふれると、猫に負担がかかる場合もあります。犬は、人が教えたことは覚えます。でも、猫は教えたことではなく、自分で学んだことが許容範囲であるかで覚えが変わってきます。「これはダメ」とか「してはいけないよ」と教えても、ネガティブな内容であればどうしても嫌なことと捉えてしまい、そのことを嫌いになってしまいます。それよりも、話しかけることが重要です。猫の知識を得ると、犬にも優しくなることにつながります。

中島:犬はあらゆる動物の中でも特別です。理由は、人間といちばん近く、また従順だからです。猫は犬に比べると、野生に近い生き物です。だから、馬の装蹄師さんは犬のような爪切りは絶対にできません。犬の爪はいきなり押さえて切っているのですから。馬は足を持ち上げるために、何日もかけて少しずつやっていきます。猫の場合は、強制的に爪を切らずにやはり少しずつ慣らして接し方をしますから、トリマーは犬に甘えていますね。

下薗:原点に戻るいい時期かもしれませんね。

中島:ライオンが相手だとしたら、強引なやり方はしないと思うのですよね。

下薗:それこそ性質が違いますからね。違っていて当然です。犬の小さいバージョンが猫、という感覚を持ってしまいがちですが、そうではありませんからね。

根本:今までは、猫にグルーミングをしなくてもよいイメージを持たれている方も多かったです。

森部:家族構成も変わってきて、独身の方も増えています。独身で仕事をしていると、12時間ほど家を空けることも多く、犬よりは猫の方が飼育しやすいとなりますよね。

下薗:たしかにそうですよね、この動物飼育に対する変化もみていかなければなりませんね。それでは最後に、学生に向けてエールをお願いいたします。

森部:就職先については、あくまで各店舗ごとに独自のやり方があります。だから、わからないことがあっても、トリミングを嫌いにならないでほしいです。壁にあたってもくじけずにがんばってほしいです。社員にお給料を少しでも多く払おうとしているオーナーもいます。だから、就職先を探していくのは、自分の努力であきらめないでください。壁にあたって、犬が嫌いになる方もいると聞きます。犬やサロンのせいにせず、自分が変わって行動をして、自分に合うサロンを見つけてください。ひとつの例を持ち出して、すべて人生を変えるようなことはせず、だれかに操られる人生はいやと思えるようにしていってください。

下薗:しっかりと学生にも伝えますね。また森部さんには学生と直接話していただける時間も持ちたいと考えていますので、そのときはよろしくお願いいたします。では、根本さんお願いいたします。

根本:この業界の仕事は裏方です。いやな気持ちになったりしても、自分がプロとしてこの業界にいるということを忘れずに、自分で業界を変えていくような気持ちを持って挑んでください。勉強ばかりはツライこともありますが、自分の知識にもなって活かすことができるので、どんどん研究していきましょう。自分が変えていくんだというつもりで進んでいくと、就職したときに仕事が楽しくなるはずです。

下薗:そのような勇気を持った学生を送り出しますので、待っていてください。

根本:お待ちしております。

中島:私が働いていたころから変わってきたのは、企業側の体制です。国が変わってきているということがあります。昔は休みが月に2日、時間帯も問わずに働いていたので、今でいうブラック企業が当たり前でした。店舗で寝泊まりをしながら働いたこともあります。ただ、これは現在に引き継がれているものではなく、国を挙げての労働に対しての政策が進んできて、働く人が守られる環境が整ってきています。もちろん、守られることは大切なことですが、逆に守られすぎて若い人たちが弱くなっていると感じることがあります。守られることに甘え、成長できないと感じることがあります。ブラック企業を容認することではありません。
 学生さんに習慣として持っていてほしいことがあります。2つの道を選択する場面に出くわしたとき、楽な方を選ぶのではなく、少し大変だと思う方を選ぶ習慣をつけると、自分自身を成長させることにつながり、それが楽しいと感じるようになるはずです。ゲームでもそうですが、簡単すぎると得られるものはありませんからね。

下薗:乗り越えたときの達成感ですね。

中島:ゲームでも、すべて自動的に成功できるとおもしろくないですから、あえて大変なことにチャレンジしてみる醍醐味を味わう人もいるでしょう。おそらく、仕事も同じではないでしょうか。少し大変な方を選んで進むと、必ず後が楽しみになるからです。守られたままだと、逆に後々苦労をする可能性があることをお伝えしたいです。

下薗:ありがとうございます。大切な心構えを教えてくださっています。動物業界で待っていてくださる皆さんが、シモゾノ学園の卒業生はよいな、と思ってくださるような人財を育成していきます。これからもよろしくお願いいたします。

森部:気が利く人になってほしいですね。技術も大事ですが、まずは人間として気が利き、コミュニケーション力など、当たり前のことができるようになってください。

中島:人に興味を持つ、などですよね。

森部:犬だけが好きで人が苦手だから動物業界を選んだという方もいますよね。

下薗:そうならないように、学生を育てていきます。

中島:トリミングを通じて、犬の身体を助けることから人を助けることにつなげていきたいですね。

下薗:そうですよね。一生懸命、そのような教育環境を整えていきます。 本日はありがとうございました。

最後に

最後に
日々変化してゆく動物業界。現在のペットサロン業界では、動物に対してだけではなく、お客様とのコミュニケーションにも重要性が求められています。業界を牽引するお三方のお話は、これからトリマーを目指す皆さんにも参考としていただければ幸いです。
IAC