動物が家族となった今

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下薗:女性・母という精神的な方針や姿勢の表れかとは思いますが、公益社団法人 日本動物病院協会(JAHA)にもつながるんですね。

柴内:私が開業したころは、獣医師としての情報がまったくない社会でした。レントゲンのある動物病院も全国で数えるほどあったかどうかで、ペニシリンが入り始めて人もやっと使い始めたところ、フィラリアの予防はないですし、ほとんどの犬の寿命が7-8歳、ワクチンもない哀れな時代でもありました。

下薗:現代の動物医療とはかけ離れている過酷な状況だったんですね。

柴内:そのとおりです。ですが、獣医師としては貴重な経験をしました。物がない中でなにをしたのか、感染症に対してはどんな対応をしたのか、など大きな学習をさせてもらいました。学術雑誌もほとんどなく、情報もなかったので、当時の日本の動物医療は少なくとも世界から30年は遅れていました。

下薗:動物の先進国との差は、現代の日本でも課題として挙げられていますね。

柴内:そうです。そしてやっとアメリカの動物病院協会をならって、日本でアメリカの専門家の講義を聴くチャンスを作ったのがJAHAなのです。私はチャーターメンバーではなく、6か月遅れて入会しました。

下薗:40年近くご活動されていることになりますよね。

柴内:そうですね。 JAHAの学術の研鑚は徹底的に必要なことだと、また、アメリカ動物病院協会の理念でもある、獣医学を通じて社会に貢献しようと云うポリシーを実現するために私は4代目の会長として、諸外国ですでに進められてきた動物介在活動・療法・教育を日本に定着させるために全力を尽くしました。人と動物とのふれあい活動=Companion Animal Partnership Program、CAPP活動です。最近やっとCAPP活動の今日までを編纂し始めました。今はシモゾノ学園でお仕事をされている山下眞理子先生もかつては赤坂動物病院で働いてくださいましたが、私にはいつも最適任者がそばにいて助けてくださっています。

下薗:柴内先生は時代を切り拓くお役をおもちなんですね。

柴内:いえいえ。ほかにも当時と現代との大きな違いは、動物が亡くなったときのお見送りの方法です。現代は人が亡くなったときと同様、遺体を引き取ってご家族で火葬、埋葬、供養される方が大多数ですが、当時は動物病院に遺体を置いていかれたり、供養も簡単でした。それほど現代の社会では、動物が家族になったということですね。

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下薗:それは私も感じる大きな違いですね。 ところで私が初めて柴内先生にお目にかかったのは、すでに広くCAPPのご活動もされていたころだったと思います。「なかなか公立の小学校に理解されないんです」とおっしゃっていたのが印象に残っているのですが、今ではかなり道が切り拓かれてきたと感じます。これは柴内先生をはじめ、ご関係の先生方の地道な努力のたまものなのだなと頭が下がる想いです。

柴内:ありがとうございます。ただ、私たちの努力だけでなく、社会が変化してきたという点も事実です。動物に対する人々の目も変わってきましたし、社会全体も変わってきたのだと思います。これからも発展的に努力は続けていかねばと想いを強くしています。

下薗:そうでしたか。 この活動を広めていく、根づかせていくにはどのようなことが必要なのでしょうか。

柴内:お互いに理解し合って協力していくことです。もめて分裂してしまうことは避けたいですね。「動物を間にはさんで人間がもめたら恥ずかしいでしょう」という気持ちがとても大切です。そのおかげで、CAPPは今も素晴らしいボランティアさんがたくさん応援してくださっています。

下薗:どこの業界でも共通のことではありますが、共に力を合わせていくことはとても大切なことですね。

柴内:みんながお互いに助けい合いたいですね。ですから、いかに理解していただくかがとても大切だと実感しています。この仕事の目的は、「動物が人間の社会の中にごく自然に存在してくれてることで、人間も救われている」ということが当たり前の社会にしていくことです。たとえば高齢者施設や病院、小児病棟。普通の家族としての動物が、ごく自然に受け入れられるという光景がたくさんにならないと、この獣医師としての職種も仕事自体も衰退していきます。特に現代、人口や飼育頭数が減ったりとしている中で、動物との共存が当然の必須のものという考えを定着させていかないといけないと思います。そうすることで働く人たちも増え、仕事も増えるというサイクルになります。まだまだ特別のことととらえられますが、精神科病棟や小児科病棟にとって、毎月CAPPの活動で動物たちと訪問することが、当たり前であると病院全体が考えてくれるということがとても大切です。

下薗:良さを体感されて求めてくださるといいですね。 私見ですが、AAEと呼ばれる、お子さん方の情操教育に貢献される活動をもっと活発にすることが必要でないかなと思います。

柴内:現在の活動については、文部科学省に認定をしていただいて、後援をお願いしたいです。JAHAが厚生労働省認可を受けて生まれた団体なので、CAPP全体が厚生労働省の後援、文部科学省、環境省…という行政機関からの認定を取っておくことが必要だと思います。そのことで、学校教育の中で活用していただきやすくなると思っています。動物を介すると人間はオープンマインドになりますから、教育でも治療でも入りやすくなります。緊張がほぐれたことで、一歩願わしいことに進めていくという手法がとれます。

下薗:ご経験の中で、よい例などはありましたでしょうか。

柴内:以前、小児病棟で小学校5年生くらいのお子さんが、抗がん剤の苦い薬を飲まないと泣いているところに出会いました。そこで私が犬と一緒に訪問し、「わんちゃんもお薬は大好きなサツマイモに隠して飲ませるのよ」とお話し、「甘いジュースと一緒に飲んでみましょうか」と言ってみたら、今まであれほどかたくなに突っぱねていたのがウソのように薬を飲んでくれました。

下薗:それはすばらしいお話ですね。お子さんもがんばりましたね。

柴内:小児病棟では、こういうケースが多いのです。突っぱねていたものが、動物がいることで、その緊張がとけるんですね。犬も手術をするという話をしてあげたり、心を開きやすいようにします。

下薗:少年犯罪も問題になっていますから、幼少のときに動物が近くにいて、共に生きているという経験を持たせることも必要ではないでしょうか。犬を怖がるお子さんに対して「犬が来たら木になりましょう!」という教えも柴内先生の教えですよね。そうやって犬と接すれば、犬に追いかけられることもなく怖さもなくなりますね。

柴内:たった一人のときに犬が来て、逃げれば確実に追いかけられますものね。最近、犬との散歩中の方が、「この頃の子どもたちって、ちゃんとさわっていいですか?と聞くんですよ」と言っておられました。これもAAEの提言でして、確実に広まっています。子どもたちの伝播力もすばらしいです。

下薗:地道なご活動があってのことですね。 高齢者の方が動物たちと一緒に暮らせうる理想郷のお話を聞かせてください。

柴内:高齢者の方の大切な心と体を支え、健全で長く在宅を支えるにはとても有効だと思います。私の病院でも「70歳からパピーとキトンに挑戦」というプログラムを始めていて、すでにお飼いになっている方々もいます。女性の平均寿命は86歳なので、70歳から飼育してもその犬が16歳までは面倒を見ようと決心していただいて…ということで、過去に飼育経験がある優良な飼い主さんには挑戦していただいています。万が一、ご病気などになって難しい場合は、犬や猫を病院で引き取りますと。現実にするための準備もしていきます。社会的にもこのような提案は増えていくと思いますので、みなさんにおすすめしています。全国でレスキューをしている団体とのお付き合いもあり、お年寄りとのコーディネートを盛んに行っています。動物も幸せになりますからね。

下薗:高齢者の方は落ち着いていますし、動物たちも安心感があるんでしょうね。

柴内:さびしい思いをした動物たちを、抱きしめてもらえる環境におきたいですね。新しいご家庭が中高年の方だったら、抱きしめてもらえますね。

下薗:会話もできますものね。

柴内:いやでも起こされまして、面倒もみなければならないですものね。

下薗:私も4頭の犬たちと暮らしていますから、よくわかります。

柴内:私も犬と猫と暮らしていますが、最近、新しいプードルが家族に加わりましたので、とても忙しいですね。活発になりましたよ。それまではゆったりとした猫のお相手と14才のセラピー犬との生活でしたが、私の身のこなしがぜんぜんちがいます。私にとっても前からいる犬や猫にとってもとてもよい刺激になっていますね。

IAC