学校法人シモゾノ学園の理事長兼校長。動物が生きる喜びをかみしめることができる社会、人と動物が本当の意味で共存共栄できる社会を目指す愛犬家。
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聴導犬育成の特殊性
下薗:聴導犬の訓練はどのようにされているのですか?
有馬:声を使わないで訓練をしている点が特徴でしょうか。2001年から介助犬も訓練しておりますが、声を出せない方のために、指をさせば物を持ってきてもらえるようにと。通常、介助犬は声を使って指示をしますので、声を出せない方が申込みで断られたともお聞きしております。中には発音がはっきりとできない方もいらっしゃるので、手の合図で動けるように訓練をしています。
下薗:手話に近いのでしょうか。
有馬:そうです。
下薗:なるほど!それならば発声が不自由な方も指示をだせそうですね。日本聴導犬協会の訓練は、イギリスのものを有馬先生が持ち帰ってきたものなのでしょうか。
有馬:イギリスのものがベースですが、自分でアレンジをしています。手を使うことも難しい方のためには、足でドンドン合図を出したり、口でチッチッと鳴らすなど、新たに自分で考えていきます。
下薗:では、決められたものはないんですね?
有馬:そうなのです。その場で開発したり、ユーザーさんの状況によって変化させていきます。
下薗:訓練をしていくときは、おやつが重要なのですか?
有馬:いえ。訓練のときのご褒美は5つあります。「笑顔」、「声」、「なでる」、「フード」、そして一番は「飼い主さん」なのです。飼い主さんがいることが一番のご褒美になるんです。
下薗:それでは実際にはユーザーさんが飼い主さんであって、自分自身で工夫されていくのですね?
有馬:おっしゃるとおりです。聴導犬も介助犬も、命令をしなくてもTPOで判断できるように訓練をしています。飼い主さんといっしょにいたいから公共の場ではおとなしくしている、という態度を補助犬が自分で判断してとることができるように。
下薗:飼い主さんとずっと一緒にいたいから、お利口さんにしているんですね。
有馬:そうです。だからPR犬として活躍してくれている協会の聴導犬たちでさえ、本番に強いのです。それは、私どもに対する愛情がそうさせるのかなと感じます。私たちは、聴導犬たちの日常のやんちゃな顔を知っているので、外で披露する場では「大丈夫かな?」と内心どきどきものなのですが、どの聴導犬も協会にいるときと表情がちがって、本番に強くてがんばってくれるのです。今日、連れてきた「でん(田)くん」も今はPR犬として活動してくれていますが、いずれユーザーさんが現れたら、ユーザーさんのもとに行きます。ほとんどの犬たちが、PR犬として場数を踏んでもらっているんです。
下薗:そのようなシステムなのですね。育てている間は日本聴導犬協会のみなさんがご家族ですが、いつかユーザーさんにお渡ししたときに心のつながりはどのようになるのでしょうか?
有馬:盲導犬は幼犬のときには「パピーウォーカー」というボランティアさんに1年間預けて育ててもらいます。聴導犬では「ソーシャライザー」と呼ぶボランティアの方に育ててもらいますが、聴導犬の場合は2カ月ごとに預け先を移っていきます。盲導犬よりも期間が短い理由は、盲導犬は祖父母の代から血統や性格がわかります。ところが聴導犬は、捨てられた犬たちなので、まったくそこはわかりません。そのため、さまざまな環境において、その場ごとで見せる顔をチェックしていきます。ソーシャライザーさんのご家庭によっては、犬に対する接し方もさまざまです。とても犬に甘いご家庭や、キチキチとしつけるご家庭など。いろいろな環境に犬をおくと、ちがった顔を出していきます。それを協会で見極めていくので、犬の成長段階のチェックする項目によってお預けするご家庭を選んだりもします。このように育つため、どこの家に行っても愛されると信じている犬たちなのです。だからユーザーさんの家に行っても、すぐに馴染んでくれますよ。
下薗:そのような育成の方法は初めて聞きました!!
有馬:以前、これを聞いた方から「かわいそう」というお声もありました。いろいろなおうちに変えていくのって。でも、逆です。どこにいってもかわいがられているのです。実はたくさんの家の方に愛されているとても幸福な犬たち。幸福は、犬たちを満たして自信へとつながっていき、新しいことにチャレンジしていく力になります。
下薗:とても目からウロコのお話でした。犬という生き物は、特定の飼い主さんに忠誠を尽くして絆が強まるという認識でした。そうでないこともあるのですね。
有馬:はい、イギリスはそこまで短い期間では行いません。その家に住む方のタイプによって、犬たちの顔は変わり、好ましくない傾向があればピンポイントで直していくことも我々の仕事になりますので、聴導犬の育成には必要なプロセスなのです。
下薗:興味深いお話ですね。トレーナーの方々は、どこをポイントを絞ったらよいのでしょうか?
有馬:すべてのトレーナーさんがすべてに対して才能があって、スーパートレーナーさんになれるわけではありません。分業なのです。トレーナーさんの性格や経験によって、このトレーナーさんは犬を社会化する人、などと接し方で選びます。人柄や経験や判断力といった点で、トレーナーの中でもどのポジションを担うかが変わってきます。
下薗:チームトレーニングですね。初めてうかがいました。
有馬:その方の適正を拝見して、「この方はこの部分を担っていただく」と決めていきます。
下薗:聴導犬活動の魅力はどこでしょうか。
有馬:ドライな話ですが、以前は年収や年俸が自分の価値だと思っていました。この仕事を始める前は、編集や取材の仕事を終えて帰り道にさみしいと感じることも多かったんです。でも聴導犬の仕事は、関わらせていただいたユーザーさんのご家庭ととても近いお付き合いができます。今までの価値観が崩れ、お金や休みの日数だけでないということを知りました。犬たちが常時そばにいてくれるということもあるかもしれません。活動はご寄付に支えられているので、大海原にこぎ出した小舟のように不安定に感じることもあります。ただ、今は不安はありません。魅力は人との深いつながりを作ってくれるところでしょうか。
下薗:犬の力もありますよね。聴導犬のユーザーさんになりたい方で、「犬は無理だ」と思っている方はいらっしゃるのでしょうか。
有馬:やはり、介助犬、盲導犬、聴導犬のユーザーさんは犬好きの方たちです。ユーザーさんのご負担にならないように無料で訓練させていただいています。 ただ、耳の不自由な方々で、「犬は飼えない」と考えている方々はいらっしゃいます。おからだが不自由で、昔は飼っていたけれど、今は無理と思ってらっしゃる方もいらっしゃいます。私どもでは、障がいのある方の愛犬さんを訓練して、生活のちょっとしたお手伝いをできるくらいにまでするという業務も行っています。
下薗:なるほど。はかり知れないお気持ちがあるのですね。盲導犬はリタイヤする時期がありますが、聴導犬はどうでしょうか。
有馬:聴導犬は主治医の柴内裕子先生のご判断で、引退の時期を決めます。ほとんどは、引退後はそのご家庭でそのまま一生を過ごすので、とても幸せそうです。