第18回

使役犬を取り巻く社会の発展のために

2014年12月15日

聴覚障がい者の方々を助け、安全を保つための仕事をする聴導犬の存在は、まだ日本ではあまり知られていません。そんな聴導犬の国際認定インストラクターであり、日本聴導犬協会の会長もなされている有馬もとさんに、補助犬についてお話を伺いました。

対談者プロフィール

有馬もと
有馬もと(ありま・もと)
厚生労働大臣指定法人(福)日本聴導犬協会 会長
補助犬ジャーナリスト。
日本初の英国聴導犬協会国際認定「聴導犬インストラクター」、日本初のADI(国際アシスタンス・ドッグ協会)国際認定「聴導犬および介助犬インストラクター」。英語圏外初のADI理事(2002~2005)。ADJ(アシスタンス・ドッグ・ジャパン)会長。その他、補助犬に関する国際会議の総合プロデューサーも務める。

日本聴導犬協会:http://www.hearingdog.or.jp/

助け合いの循環

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下薗:今年の7月に埼玉県で起きた盲導犬刺傷事件を発端に、私たち人間の生活を助けてくれる「働く犬」たちへの注目が集まっています。日本では聴導犬の実働数が55頭前後(2014年10月現在)と、あまり普及していないという印象ですが、イギリスで聴導犬について学ばれた有馬先生のご見解をうかがえますでしょうか。

有馬:実は、日本での聴導犬育成の歴史は世界で2番目に古いのです。推計で100頭前後といわれています。アメリカに次いで、1981年から始まりました。ところが日本に遅れること1年、翌1982年にスタートしたイギリスの方が発展し、これまでに1500頭以上もの聴導犬が活動していると言われています。

下薗:日本の盲導犬の実働数が1000頭ほどですから、日本の聴導犬は海外との比較だけでなく、国内の補助犬の中でも極めて少ない状況なのですね。

有馬:そうなのです。そこには、当初有料だったこともありますが、日本と欧米との福祉に対する考え方のちがいも根本にあるのではないかと思っています。たとえば、私たち日本人にとって「福祉」とは「お金を持っている人」が「持っていない人」に「与える」行為というイメージが強いように感じます。しかし、欧米では、誰であっても、その人の可能な方法で手を差し伸べることを福祉と捉えています。小学生の子どもでもできますし、障がいのある方が「他の障がい者のために」と寄付を募ったりされています。

下薗:なるほど。たとえばどのような方法があるのでしょうか?

有馬:「○メートル泳いだら、先生から証明書をもらうから、そうしたらお年寄りのホームに寄付するので、協力してもらえますか?」という、「できる人が自分のアイディアで寄付を集める」のも福祉への貢献という捉え方が一般的です。ここが日本とのちがいを感じる点で、日本で聴導犬が欧米ほど広まらなかった要因の一つとも言えるのではないでしょうか。

下薗:日本は寄付という行為が特別視される場面はあるかもしれませんね。

有馬:寄付はみんなで助け合う気持ちの表れであって、貧しい人に「してあげる」のではなく、お互いが循環していって、「寄付ができる」=「福祉への貢献ができる」ことの「幸せ」も自分で感じられるわけです。お金の問題ではなくこころの問題です。こういった寄付がいたって普通に行われているイギリスに留学したことが、聴導犬を日本に紹介するきっかけのひとつにもなっています。

下薗:日本でなかなか広まらなかったのは、弱者への心遣いなどの文化の違いが大きくあったのではないでしょうか。

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有馬:当初、日本では聴導犬の育成団体で聴導犬を貸与するときに、訓練費用として30万円~80万円を必要経費として請求していたそうです。今でも聴導犬は高いからいらない、と言われることもあります。日本聴導犬協会は当初から完全無料でスタート、イギリスでは福祉として可能なことなのです。「できるかできないか」よりも自分たちもできると信じて始めました。

下薗:信念をお持ちだったのですね。

有馬:はい。そして2004年にどの聴導犬の団体よりも早く社会福祉法人となり、厚生省所管、厚生大臣指定法人を受けることができました。代償を求めないことが認めてもらえる時代になってきたのではないかと実感しています。前の団体がどう、ということではなく、おかげさまでその時代の流れに乗れるタイミングだったのではないかと思います。

下薗:大きなことを成される方は、必ず時代の波に遭遇しているのではないでしょうか。保護犬を聴導犬に育てているという点も、以前は保護された犬たちは多くが殺処分され、それがしかたなく悲しいながら見過ごされてしまっていましたけれど、今は変わってきて、もっともっと犬たちを生かしてあげたいという流れに変わってきています。そこにマッチしてきているのでしょうね。

有馬:おっしゃるとおりですね。

下薗:有馬先生は、もともとは犬と関係のないお仕事をされていたとうかがっていますが、犬の訓練に携わるようになったという点で戸惑いや障壁はありましたか?

有馬:実は私は、協会を設立するまで犬を飼育したことすらなかったのです。猫は空間を共有する存在と考えていましたが、犬は訓練しなければならないから、自分にはできないと思っていました。

下薗:できないと思っていたなんて!どこかで変わりましたか?

有馬:根本的には変わってはいないんですね。もともと頑固なのでなかなか変えられません。「一生涯訓練生」として犬たちについて、犬たちから学んでいかなくてはならないと考えています。

下薗:その芯のお強い部分が、日本聴導犬協会を厚生労働省の所管で厚生労働大臣の指定の社会福祉法人へと導いていった秘訣なのでしょうね。

IAC