第10回

動物行動学が変えるこれからの動物医療
下薗 恵子 ×増井 光子先生(獣医学博士、よこはま動物園園長)
2010年1月1日

よこはま動物園ズーラシア園長の増井光子先生は上野動物園で日本で初めてパンダの人工繁殖に成功するなど日本の動物業界に多大な貢献をしています。本日は生い立ちから飼育員という仕事について、今後の動物園の役割などいろいろ話をお伺いすることができました。

対談者プロフィール
増井 光子 増井光子(ますい・みつこ)
よこはま動物園ズーラシア園長、兵庫県立コウノトリの郷公園園長(非常勤)。元上野動物園長。麻布大学客員教授。麻布獣医科大学獣医学部卒。


よこはま動物園ズーラシアについて
「生命の共生・自然との調和」をメインテーマに掲げるよこはま動物園ズーラシア。 ズーラシアは1999年4月、横浜動物の森公園の中に開園し、 現在の面積は40.7ヘクタール、全面開園すると約53.3ヘクタールの日本最大級の動物園です。 各ゾーンは、動物、植物、人の文化を織り交ぜながら、世界の環境を演出し、地域特有の雰囲気を体感できます。

物心ついた頃から、とにかく動物を見たり触ったりするのが好きでした

増井 光子先生

下薗:まず先生はどういったきっかけで、動物と関わるお仕事に就こうと思われたのでしょう?

増井:物心ついた頃から、とにかく動物を見たり触ったりするのが好きでしたね。私は戦前の大阪市内で育ったんですが、蜘蛛や、天井裏や押し入れのネズミの巣、植木鉢の底のダンゴムシなどの小さな虫といった、身近にいた生き物、そういったものならなんでもよかったんですよ。だから、誰かの影響とか、動物園に行ったとかいう理由ではないですね。

下薗:それで獣医師を目指されたのですか?

増井:そうですね、はじめは動物学者になりたいと。何かを調べるのが好きだったんですよ。

下薗:動物に深い興味がある先生は、動物園を通して何を社会に伝えていかれたいですか?

増井:生物多様性、つまり世界中の多種多様の生物によって、地球が支えられているっていうことですね。人だけが地球の上にいるわけではない、それを知ってもらうのに動物園が私は一番いいと思うんです。

下薗:そうですよね。多くの方々にかわいいという理由でもいいので、そこから興味をもって、動物たちの生きる環境を思いやれたらいいですね。

増井:ええ、やっぱり名前も知らない、姿も見たことがなければ、その動物が絶滅してもなんとも思わないけれど、例えばゾウやキリンといったよく知る動物には、同情心が湧きますし。

増井 光子先生

下薗:そうですね。自然環境や動物の生命力などを知ることで、人間自体を知ることもできるのでしょうし、とても大事なことだと思います。ズーラシアは展示環境に安らぎを感じますし、親しみもありますね。

増井:そうですね、植物も多いですから。それに人と動物は双方向の反応があるもので、動物も人の笑顔を見ると安心するんです。反対に自分を馬鹿にしているような軽蔑的な笑いとか、自分のことを嫌っているなとか、動物は全部分かります。だから、お客様が動物を見て、かわいいとかすごいとかで笑顔を向けられる。そういう環境を作っていかないといけないので、そのためには動物の立つ位置が、人より上にあるか下にあるかというのでまた違ってしまうんです。

下薗:動物種によっても違うのでしょうか。

増井:はい、例えば類人猿だと対等に扱えるように立ち位置を考えなければいけない。以前は動物園も人間優位で動物の心理など考えていませんでしたが、最近では動物を外に出す時、どこを通らせるかということも考えるようになってきましたから。

下薗:そういった動物行動学はまだまだ研究の余地がありますよね。

増井:ありますね。それから、単にかわいい、可哀想という感情だけで動物を扱うというのはよくない。動物もなかなかずるいですから、自分が楽なように扱ってほしがるんです。だけど甘やかしてばかりいると、いざというときに抑えが効かない。好きなものを与えて、いいなりになっていてはダメなんですね。

下薗:皆さん、できることならばそういうような素晴らしい飼育員になりたいと思われるでしょうけれど、なにかトレーニングするものでしょうか。

増井:もう、動物から教わるんですよ。毎日試されますから。

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